ある新聞記事と文章のこと。 | アーシングエブリナイト

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10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

先日の新聞記事。

”がん治療拠点病院 「病室にWiFiを」”

某フリーアナウンサーの要請とのこと。

 

私は、いくつかの携帯基地局撤去運動の現場を訪れたことがある。

どの現場の住民も、健康被害に遭っていた。(だから運動が起こる)

深刻な病名で入院する人、亡くなる人もいる。

多くの住民が基地局建設後の生活の変化で言うのが睡眠障害(不眠)だ。

日中の活動で傷付いた細胞は、夜の睡眠で修復する。

不眠が続けば、傷付いた細胞は雪だるま式に増え続ける。

基地局からの高周波は、こうして、人の自然治癒力を奪い、免疫力を低下させる。

 

冒頭の某アナウンサーの要請の記事を、私は冷静に読んだ。

WiFiの環境が整ったとして、

病院は、眠れなければ、容易に眠剤を出すだろう。

眠れない原因に、言及することもないと思う。

入院している人にとって、端末による外部からの情報、外部との繋がりは、

免疫力を高める、というのも事実と思う。

ならば。

WiFiは、必要な人が必要のな時に利用できる環境で設置すべきと思う。

 

同じ新聞のもう一つの記事。

作家桜庭一樹さんの訴え。

自分の小説が間違った解釈で評された、訂正記事を求む、とのこと。

件の評論家は一部訂正するなどして、一応決着が付いたようだ。

 

言葉は意味を持つから時にやっかい、と思う。

絵なら、こういうつもりで描いた、と幅を持たせることができる。

言葉は焦点を持つ。

だから読み手が言葉から受け取った解釈がすべて、と私は思う。

書き手は、覚悟を持って言葉を選んで使うべきで、

いかなる解釈にも、反論すべきでないと思う。

ただ、桜庭さんの場合、評したのが名のある評論家で、

大勢の読者が、評論家の解釈に傾いてしまうのを懸念したのだと思う。

小説が自伝的要素を持ち、

桜庭さんが言うところの間違った解釈で母親の名誉が傷付けられたのが訂正を求めた理由のようだ。

 

私には文章の師がいる。

自分にとって意味のあることを書きなさい、と師は言った。

それが出来たか確かめる方法として、

今書いたものを、何年先でも、読み返せるか、と自分に問うようにしている。

その自信がないものは、迷わず白紙にする。

読み返せないだろうと思う時は、自分の正直な気持ちを書いていない時だ。

歳を重ねた自分が、未熟な自分を振り返るのはやり切れないだろうと想像すると、

惜しむことなく文章を消せる。

 

・・・やっかいなのは言葉でなく私の性格かも、です。