以前、押し花画展に出掛けたことがあった。
作家は、セイタカアワダチソウやチガヤといった雑草を、素材にしていた。
画布には四季折々の空や山も描かれ、風景画であった。
昏い空を背景に、冬枯れした植物が静かに画布にのっている風景は、
記憶にある原風景を思わせた。
私は、花などどこにもないその世界に、心を揺さぶられた。
この日、会場には作家が来ていた。
私は、想像していた「押し花」と一線を画した作品群に驚いた、
どれも、その場所に立って風景を見ているような気持ちがします、と伝えた。
高齢の作家は、話の中で、「絵画は省略の芸術です」と言った。
目に訴えるものは、語りすぎてはいけない。
画の中には、主題があって、それを主張するために、
弱めたり、省くものがある、ということだと、理解した。
(おそらく、もっと深い意味もある)
作品に向けた作家の執念と策略と言ってもいいと思う。
私は近頃、水彩画で描き込み過ぎた部分を拭き取る作業をする。
不測の事態の省略で、策略とは違う。
ところで、この作業で描き込んだ部分は、完全には消えない。
見る人には、汚れであり、くすみであり、失敗かもしれないが、
私には、ほんのり味わいに映る。愛着も感じる。
一度画紙についた色は、消えることはない、ということは、
自分の歩いた道がなくならないのと似ている。
そう考えて。
この拭き取り作業は、私にとって感慨深いものになっている。
うっすら残ったものに、味わいや愛着を感じる度に、
私なりに心を尽くした時間は無駄ではなかった、と思えるからだ。
