消えないもの。 | アーシングエブリナイト

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10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

以前、押し花画展に出掛けたことがあった。

作家は、セイタカアワダチソウやチガヤといった雑草を、素材にしていた。

画布には四季折々の空や山も描かれ、風景画であった。

昏い空を背景に、冬枯れした植物が静かに画布にのっている風景は、

記憶にある原風景を思わせた。

私は、花などどこにもないその世界に、心を揺さぶられた。

 

この日、会場には作家が来ていた。

私は、想像していた「押し花」と一線を画した作品群に驚いた、

どれも、その場所に立って風景を見ているような気持ちがします、と伝えた。

高齢の作家は、話の中で、「絵画は省略の芸術です」と言った。

目に訴えるものは、語りすぎてはいけない。

画の中には、主題があって、それを主張するために、

弱めたり、省くものがある、ということだと、理解した。

(おそらく、もっと深い意味もある)

作品に向けた作家の執念と策略と言ってもいいと思う。

 

私は近頃、水彩画で描き込み過ぎた部分を拭き取る作業をする。

不測の事態の省略で、策略とは違う。

ところで、この作業で描き込んだ部分は、完全には消えない。

見る人には、汚れであり、くすみであり、失敗かもしれないが、

私には、ほんのり味わいに映る。愛着も感じる。

一度画紙についた色は、消えることはない、ということは、

自分の歩いた道がなくならないのと似ている。

そう考えて。

この拭き取り作業は、私にとって感慨深いものになっている。

うっすら残ったものに、味わいや愛着を感じる度に、

私なりに心を尽くした時間は無駄ではなかった、と思えるからだ。