前に、坐骨神経痛で処方された、神経障害性疼痛治療薬の副作用による幻視体験について書いた。
他にも、あれ?と思う事があった。
当時、幾分、薬の効果があったとはいえ、寝返りの度に痛みで目が覚め、睡眠不足の日が続いていた。
なのに。
日中、あくびが出ることはなかった。
それと。
普段は考え過ぎるたちで、失敗をひきずるタイプなのに、この時は、ものの見方が、さばさばしていた。
投げやりとかでなく、もっと地に足が付いた感覚だ。
そう。
タフ感。
ひとことで言うなら、これだ。
覚えている出来事がある。
薬の服用が始まる随分前から、ある友人との関係がこじれていた。
私は、自分は悪くないと思っている。相手がひねくれていると思っている。
だから、歩み寄れない。
そんなこんなで、日々、その事を思い出す度に、手元が止まる感じで、ストレスになっていた。
それが、薬を飲み始めて、ある日、突然、ストンと、決着がついたのだ。
―今、友人と会っても、仲直りなんてありえないことだ。時間が経つのを待とう。
私は、この問題について、もう考えまいと決め、本当に考えなくなった。
薬の服用中、ずっとこの冷静沈着な思考回路は続いたように思う。
そして。
幻視体験を経て、処方された神経障害性疼痛治療薬の副作用について調べるわけだが、その中にうつ、抑うつという症状はあっても、タフ感のようなものはなかった。
あれは、いったい何だったのか。
ずっと不思議だった。
先日。
興味深い記事を読んだ。
抑うつリアリズム理論というものだ。
軽度のうつ患者は、健康な者よりも、出来事の因果関係を正確に把握し、自身の能力、影響力とその限界についても、より現実的な見方ができるというもの。
私は、これだ、と思った。
おそらく。
私は、抑うつ気分にあった。
そして。
抑うつリアリズム理論に支配された脳は、あの時、友人とのもめ事について、冷静に考察し、これ以上、この問題にとどまることは無意味である、と考えた。わけだ。
私が、飲んでいたのはリリカだ。
この薬のパワーはすごい。
脳をコントロールするのだから。
いや。違う。
脳を乗っ取られたと言っていい。
