さよなら、ベイビー  著/里美蘭 | 小説の虫が囁いてる

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小説を読むことが大好きなおひとりさまの読後感ブログです。読んだ感想を書いてみたくてブログにしてみました。小説の内容や結末に触れているところもあり、未読の方にはネタバレになってしまうことをお断りしておきます。

母親が病死してしまうというその時を受け入れられず自殺未遂をし、その処置の間に母親が亡くなってしまうという経験を持つ雅祥(まあくん)が、父親の庇護のもと引きこもり生活をしているところへ、父親がどこかの女性から預かってきたという赤ちゃん(タカヤ)を連れてくる。

ところが、父親が急逝してしまい、引きこもりのまあくんとタカヤが残される。

この概要からして、一人の若い男子が突然自分が面倒を見なくてはならなくなった赤ちゃんの育児にてんてこ舞いするポップなハートフルコメディだと思い込んで読み始めた。

これが全然違う。

まあくんとタカヤの日々を描きつつ、育児、引きこもりの青年が依存していた親を喪うということ、不妊治療、育児鬱、シングルマザー、中学生の妊娠、特別養子縁組、中絶、事業の破綻、莫大な負債、連帯責任、すぐ身近な問題でありながら自分がそうならなければ他人事の問題の種々を、すべて当事者目線でしっかり描いている。

そのうえで、作品全体が、タカヤの母親は誰なのか問題を軸にした大きなミステリーになっている。

時間軸をミスリードした叙述トリックなのだけれど、読み終えて結論を知ってみると、一つ一つとても丁寧に錯覚するようにミスリードされていて、心地よいやられた感がある。

父親が連帯保証人になっていた借金を返せと言ってくる金融屋や、昔の同級生など、潔いほど紋切り型の敵役が登場したのもおもしろかった。

重いテーマにしっかり向き合いつつ、まあくんの育児が日を追って成長していく様子はやはり読み心地がよく、おむつ交換など、かなり生々しくリアルに描いているけれど、やはり赤ちゃんというのは瑞々しいものだと思わされる。

そして、警察や児童相談所などに掛け合い、どこかで引き取って欲しいと願い続けたタカヤがついに乳児院に引き取られることになったその時、タカヤを手離せなくなってしまったまあくんがとても愛おしく、読んでいて嬉しくなった。

自分がタカヤに必要とされていると認識することで、やがて自分がどれほど両親から愛情をもらっていたかに気づいていく。

すでに他界している両親を思う場面はとても切ないけれど、読後感はとても良かった。