ある日突然、営業所の閉鎖と回顧を通告された証券会社社員たち四人と、ただ一人だけ本社への栄転を勝ち取った次長のそこからの数日間を描いた物語。
解雇となる所長の片桐、社員の周二、契約社員の牛山、派遣社員の麗子と夏美、そして栄転を勝ち取った阿久津、それぞれの視点が入れ替わりながら語られていく。
時は不況真っただ中、次の就職先はおいそれと見つかりそうにない。
片桐は亡くした妻の元へ行こうと死を決意する。
引き寄せられるように妻と旅行に行った場所へ向かい、一緒に食べた料理を食べ、二人で渡った橋から身を投げようとするその心の動きがとても丁寧に書かれている。
周二はただ愕然とし、麗子と夏美は派遣会社から次の派遣先はすぐには紹介できないと告げられる。
牛山は若い頃の夢だった音楽に戻ろうと昔の仲間たちを訪ね、それぞれがもう今の人生を生きていることを知るが、それでもバンドの再結成を持ちかける。
そして牛山が出会った資産家の徳田の視点が加わり、徳田のがむしゃらに生きてきた人生が綴られる。
阿久津のように利己的に成績を上げられる人間がやはり上からの覚えはめでたく生き残り、周二のように、営業成績よりも高齢者のためを思ってリスクのある投資信託は買わないように教えてあげるような人間は淘汰されてしまう、これは金融業界の現実なのかもしれないなと思わされた。
それぞれのエピソードはわりとありきたりでさしたる斬新さはないし、ラストも、そんな夢みたいな話あるか?と思ってしまうけれど、一人ずつにきちんとそれぞれの人生があり、物語がある。
そしてとにかく料理の描写が素晴らしく、小説全体にしずる感が滴っている。
「ぼくの腕じゃなくて、だれがつくろうが、ちゃんと作れば食べものはおいしいんです」
こんな言葉を読むと、ちゃんとお料理をしてちゃんと食べようという気持ちになる。
周二が作るお料理が、この作品の核であり、主役でもある。