彼らの夜明け 補足と解説と余談 その②

 

   更に余談

 

 中崎家と立原家に挟まれていた隣家の家主は年老いて連れ合いを亡くし、いよいよ自分も最期かという時に遺言を残しました。身寄りのない家主は、土地と屋敷を初めとする全資産を中崎沙耶に譲るという遺言状を弁護士に預けたのです。

 隣人の死後に相続した建物は取り壊し、『中崎内科医院』を改築して拡張しました。そして、その中に「ゆりかご」というカフェを併設しました。カフェのオーナーは田中エルケさん。出される軽食はヴィーガン専門で、食材も調味料も、調理師資格を持つ尾梶安男君が責任をもって厳選しております。

なお、「ゆりかご」は、『中崎内科』の待合室と繋がっていて、患者さんたちにも診察、治療、処置に差し支えない程度に飲食を提供したりもします。

 

(後に長じた田中ユリカさんと中崎玲奈さんも「ゆりかご」の従業員となります。ユリカさんが経理と接客、玲奈さんが調理師免許を取得して厨房担当。)

 

 

 

   親達と子供達

 

 中崎家及び立原家に次々と子供が生まれて──本来、『怪物人間』や『怪物的人間』の彼らは子供ができにくい体質でしたが、『フォートプフランツング』という、極力血や能力を薄めることなく妊娠を促す魔法のおかげで順調に子宝に恵まれていきました。

 そうなるとやはり、家政婦さんの必要性を皆が痛感致しまして、それで、若い夫婦を住み込みで雇うことになりました。若宮幸助さんと香苗さん夫妻です。炊事掃除洗濯から庭の手入れ、その他諸々のことを実にこまめにこなしてくれる、とても良い夫婦です。

 そして、若宮夫妻にも子供が二人生まれます。兄の亨くんと妹の梢ちゃんです。亨くんは霧島家の健作くんと同い年で、梢ちゃんはその二つ下です。

 中崎・立原邸では、若宮家も含めたどの親もどの子もごちゃ混ぜの一緒くたで、わいわいがやがやと賑やかに大らかに子育てをしていきます。親たちは誰の子供でもお構いなしに可愛がるし、叱る時はしっかり叱るし、子供達も誰の親でもお構いなしに甘えたり躾けられたりするのです。

 子供たちは大人たちのことを「沙耶ママ、純パパ、エルケママ、雄一パパ、亜衣ママ、真作パパ、香苗ママ、幸助パパ、安男パパ」とそれぞれに呼びます。ん? 独身の安男くんまで「パパ」ですか? そう、ごった煮の一緒くただから区別がついてないんです。

 霧島夫妻、即ち真作くんと亜衣ちゃんは、亨くんの存在を非常にありがたく感じています。子供たちはユリカや玲奈を始めとして、女の子が多いため、もしも男の子が健作くん一人だったら、お姉ちゃんたちに随分と甘やかされ過ぎてしまったかもしれないのですが、同い年の亨くんがいてくれたお陰で、健作くんは一緒にスポーツをしたりして逞しく活発に育ってくれたからです。

 若宮親子は当たり前の話ですが、ごく普通の人間であります。何ら特殊能力の類は持ち合わせておりませんが、同居している連中が全員常人離れしておりますので、彼らの放つ“キラキラ”にすっかり慣れてしまっています。そのせいか、亨くんはモテるにもかかわらず中学生になっても高校生になってもなかなかカノジョができません。校内でも三本の指に入ると言われるスター的な美少女に告白されてもピンと来なくてお断りしてしまいます。帰宅すれば眩いばかりのオーラの持ち主がごろごろいるので、見た目の良さでは心を動かされることが無いのでしょう。なお、亨くんや妹の梢ちゃんが、友達も多く異性にも好かれるのは、同居人達の“キラキラ”が、言わば伝染してしまっているからなのでしょう。要するに、磁石にくっ付いている鉄が磁性を帯びてしまうのと同様の現象かと。

 そんな亨くんが運命の相手に出会うのは、彼が社会人になって三十路を迎えた後のことになります。相変わらずに「モテるくせに女性に対して冷ややか」というレッテルを張られ続けてきた彼が、初めて本気で恋をしたのが、周囲からは「人柄はいいけど地味だ、垢抜けない、イマイチだ」と囁かれている三つ年上の同僚女性でした。しかし、亨は物心ついたころから見飽きるほどに見慣れてきた“キラキラ”“ピカピカ”を彼女の内に見出したのです。

──なんて素晴らしい女性なんだ!

 もう寝ても覚めても彼女のことばかり。一大決心をして彼女に想いの丈を打ち明けます。

「からかっているの? 若宮くんみたいなモテモテ男子がなんでわたしなんかに? 罰ゲームか何か?」

 彼女──住田昌江は不機嫌に問い詰めます。

「俺……こんなに誰かの事好きになったの……初めてです。住田さん……俺と……俺と付き合ってください……俺のカノジョになってください……」

「早く帰って頭を冷やした方がいいわ。……それじゃあ……お疲れさまでした」

 昌江はくるりと踵を返して足早に去っていきました。


 

「振られたら即、次の相手」

 夕食時、皆に相談してみると、すかさず安男が言い放ちました。

「いやあ……オレはガキの頃から沙耶しかいなかったからなあ」

 純が呟くと、隣の席の沙耶がうんうんと頷きます。

「亨もウチの女子たちがヴィトリヒの魔法を学んでるの横で見て真似してたから、異性を虜にする魔法、使えるわよね?」

 エルケがいささか芝居がかって魔女に相応しい口調で唆しました。

「い、いや、それはダメっしょ!」

 亨は両手と首を激しく振りました。

「やっぱ、いかに亨が真剣か、何度も何度も言葉を尽くして告白するしかないんじゃない? 心の底から誠実にね」

 玲奈が言いました。

「わたしもそう思うよ、亨」

 ありさが同意します。住田昌江に年齢の近い玲奈姉(ねえ)とアリ姉(ねえ)の忠告は傾聴に値すると、亨は思いました。

 

 翌日、出勤した亨は真っ先に住田昌江の姿を探しました。そして、精一杯の気持ちを込めた「おはようございます」の挨拶をしました。無論、その他の職場の仲間たちに対する礼儀は忘れませんが、「貴女しか眼中にありません」という“ラブラブ光線”を発し続けます。それにしても、彼女がいるこの会社、この仕事、この毎日は、なんて素晴らしいのだろう。何もかもがイキイキとして、ワクワクと喜びに溢れ、亨は身も心も弾む想いでした。

 

 昼休み、社員食堂にて、勇気を振り絞って、昌江にアタックします。

「昌江さん、オレ……全然諦めてませんから」

 A定食が載ったトレイを置いて着席するなり、亨は真っ直ぐ彼女を見つめて告白しました。

「あ……あの……」

 昌江は頬を赤らめて、箸でもじもじと味噌汁を掻き回しています。

「わたしも……前から若宮くんのことは『いいな』って思ってた……」

「ほんと?」

 昨日とは違う、柔らかな昌江の態度に、亨の表情が一気に明るくなりました。

「だから……ちゃんとお返事します……こんなわたしでよかったら、是非……」

「や……やった……」

 亨は震えるような吐息を吐き出しました。

「あー……猛烈にお腹空いてきちゃった!」

 昌江は急に勢いよく、ぱくぱくと定食を食べ始めました。

「昨夜あまりよく眠れなくて、ついさっきまでドキドキして胃がキリキリして……」

「実はオレも!」

 二人はまるで競争でもするかのように旺盛な食欲を見せます。

「とにかく、これからよろしくね、亨くん」

「はい、こちらこそ、昌江さん」

 数日後の日曜、“家族みんな”に会わせたいという亨に連れられてきた昌江は驚きました。

「なにここ? 豪邸?」

「いらっっしゃい! よく来てくれたわね!」

 真っ先に出迎えたのが、亜衣。無論、亨の親ではありません。

「素敵! とてもチャーミングなひとね!」

 エルケも抱き締めんばかりの勢いで駆け寄って来ました。

「おおっ! これはまたとびっきりのお嬢さんを見つけてきたね、亨くん! でかしたぞ!」

 雄一も膨大なお腹を揺すって笑います。

「サイコー!」

 と、真作。

「麗しいわねえ」

 溜息をつく沙耶。

「は、はじめまして……す、住田、昌江と、申します……」

 大勢のきらびやかな美男美女に取り囲まれてちやほやされて、昌江はすっかり舞い上がってしまいました。

「ほっほっほ……亨坊にもようやく春が訪れたかね。いやはやめでたいめでたい」

 おじいさんのように呟く純の口調は、彼の父・を彷彿とさせるものがありました。

 その後、“我が家”の女性陣達は、二人のデートを邪魔しない程度に頻繁に、昌江(亨同伴)を連れ回します。行きつけのビューティーサロンでよりお洒落なヘアスタイルを美容師と共に幾種類も試したり、TPOに応じた最も似合うメイクを模索したり、高級ブティックで服選びを楽しんだり……。

「遠慮しないで。全部ウチらの奢りだからね」

 沙耶もエルケも亜衣も香苗も、ユリカも玲奈もありさも梢も、『ベラ・カード・プレミアム』をヒラヒラさせて太っ腹なところを見せます。『ベラ・カード・プレミアム』は、『ベラ・グループ』で発行している最高級グレードのクレジットカードです。

「なんだか最近、わたし急にモテるようになったんだけど……」

 昌江は不思議そうに呟きます。

「ヤバいっ! とうとう世間もまーちゃん(昌江の愛称)の魅力に気付いてしまったか!」

 叫ぶ亨。

「でも、誰にも渡さないからな」

「カレシが出来てからモテてもしょうがないんだけどねえ……」

 どうやら、彼女にも中崎・立原ファミリーの“キラキラ”“ピカピカ”があっという間に伝染してしまったようです。