“百舌鳥古墳群”と“難波の発展…”〜『大阪歴史博物館』 | Once upon a time by Bonze

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             (☟『大阪歴史博物館』から)


“百舌鳥古墳群”

堺市中央部、約4km四方の範囲に、おもに5世紀代の100基を超える古墳が築かれた。約40基を占める前方後円地には、大仙古墳(伝仁徳陵)など倭の五王の墓とされる巨大古墳が含まれる


“難波の発展と地理的環境”

古墳時代の大阪は現在の平野部にあたる大部分が河内湖で、西側は南北にのびる上町台地とその北に発達した砂州により、海と隔てられていた。5世紀代に難波堀江が開削されると、瀬戸内と河内湖沿岸との往来が直接可能になり、難波には国の内外から人や物資が集まった。

               (『大阪歴史博物館』から)