私は一応、見に見える形では仕事をしています。
「一応」と言ったのは、内的には「仕事をしている」という意識も無ければ、「働きたい」と思っているわけでもない為です。
私が本当にしている事はその内的な部分なので、内的に働いていなければ「私は仕事をしている」とは言えません。
しかし、それでは他者とのコミュニケーションが取れないので、他者に理解させる為の方便として「仕事をしている」という表現をしているに過ぎません。
なので、私は既に仕事をしておらず、仕事に見せ掛けた全く別の事をしているわけですね。
私が本当にしている事とは、「仕事をしないと分からない自分を見付ける事」です。
私は「仕事で認められたい」みたいな欲求は有りません。
自身への評価や承認は私が自分でやれば良いので、他者にそれを求める必要が有りません。
自分の仕事振りを自分で評価すれば良いのか?
…と昨日はそんな事を考えていたのですが、今日になって過去を振り返るとある1つの事を常に考えていた事に気付きました。
それは「“楽”をしたい」です。
私は「ああ、これじゃないか?」と思ったのです。
「仕事をしないと分からない自分とは“楽”である」という事ですね。
もしそうなら、後は私の中で“楽”を感じて“楽”を理解すれば終わりです。
肝要なのは「私の中で」という事です。
外の世界で“楽”をしようとしても意味が有りません。
冒頭で述べた通り、私が本当にしている事は内的な部分に在るので、内的に“楽”でなければ「“楽”をしている」という事にはならないのですね。
そう考えると、「“お金”の本質も“楽”で良いのではないか?」と思いますね。
私は今回の職場は給料の高さよりも近場を優先したのですが、それも突き詰めると「通退勤が“楽”だから」という事です。
「“楽”をして“お金”を稼ぎたい」とか、そういう事を何度も思った事が有るのですが、仕事や“お金”の本質が“楽”だとするなら、“楽”をするだけで良い事になる筈なのですね。
仕事や“お金”を考える必要は無くて、私の中の“楽”を見付ければ良いだけです。
私は今日出勤したら、「“楽”を意識する事」を試そうと思います。
仕事を通して“楽”を知る事。
「多分これがファイナルアンサーじゃないか」と思いますね。
思えばお金持ちにイメージしたのも「“楽”そう」でしたね。
やっぱり“楽”で決まりかも知れません。