“お金”はもう出ているのではないか? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「出したくないものの筆頭が“お金”だ」と思うのですが、そう思うが故に私も「“お金”を出したくない」と思っているかも知れません。

 

本当に“お金”を出したがる人を見た事が無いし、何処の何を見ても「“お金”を出したくないのだな」と思い、それが私の信念として強化され続けていたとしても不思議ではありません。

 

前置きはこのくらいにして、先程の記事を投稿して直ぐに「あれ?もしかして、“お金”はもう出ているのではないか?」と思ったのですね。

 

「既に“お金”が出ている状態なのではないか?」という事です。

 

これは充分に有り得ますが、誤解を防ぐ為に「現金や資産を一方的に失い続けている」という意味ではない事を付け加えておきます。

 

 

 

立ち位置を「既に“お金”は既に出ている」に設定します。

 

私が求めている状態と一致するので、その方が私も受け入れ易いと思います。

 

もう「出したくない」とは言いません。

 

限りの有る物理的な現金ではないのだから、幾ら出ていても問題は有りません。

 

「既に“お金”は出ている」というのは、いわば「“お金”の解放」です。

 

「私の中の“お金”が出る事を許す」という事です。

 

私はその先に在るものを知りたいのです。