つい先程、強く「“失敗”した!」と感じる出来事が有りました。
「そう言えば以前、“失敗”の事を何か書いてたな」と冷静に思い出している反面、かなり腹立たしい気持ちになりました。
その時の私は人のせいにしたくなったり、「取り返したい」という気持ちも出ましたが、ふと「これは“悔しい”だな」と思ったのです。
早速調べてみると、特徴的に“悔しい”でほぼ間違いありません。
私の中に“悔しい”という、未消化の感情が残っていたようです。
とっくに寝る時間を過ぎていますが、これを味わわずには居れません。
折角なので、本日(日付としては昨日)書こうと思っていた事を今書きます。
私はちょっと先走っていたようなので、今に帰ります。
「今、私の中に在るものは何か?」という事に…です。
一番重要なこれを放置して、他にどんな真実を得られたとしてもあまり意味が無いからです。
今は“悔しい”が前面に出てしまっていますが、確かに私の中に何か在ったのです。
今まで進めて来た事は一旦置いて、「まずはそこに戻ろう」と思います。
それが“悔しい”とは思っていませんが、割と近いタイミングで出て来たので無関係ではないかも知れません。
「“失敗”を感情で表現すると“悔しい”」という事で良いでしょう。
では、“悔しい”は何と言っているのでしょうか?
私の何かを指し示している筈なのですね。
例えば、「本当は上手くやれる」とか、「本当はそれが出来る」みたいな事です。
その為には“悔しい”を感じ切る必要が有ります。
「感じ切る」という言葉を久し振りに使った気がしますね。
感情を味わうのも久し振りなので、やっぱり感情は味わうものなのでしょうね。