私は最初「何かに追われている気がするな」と感じましたが、次第に「何かから逃げている気がするな」と思うようになりました。
どっちも同じ事ですが、私は「既に在る」というのが基本的なスタンスなので、その観点から言うと「逃げている」が適切だと思います。
「追われている」だと、「まだ私の元には来ていない(今ではない)」という意味で解釈してしまう為です。
「“金”をその何かから逃げる為の道具にしようとしているかも知れない」という事ですね。
言われてみればそんな感じがする事は否定出来ません。
確証が無いのが辛いですが、反応としては何だかそれっぽい気がするので、「何から逃げているのか?」を模索したいと思います。
「“金”それ自体から逃げている」という可能性も有りますが、その可能性はちょっと薄いかも知れません。
今までずっと“金”と向き合い続けて来たからです。
しかし、そのせいで逃げている(かも知れない)何かからは目を逸らし続けていた事になります。
残念な事に、私の意識の目は肉眼と同様に、一方に焦点を合わせると他方を観る事が出来ません。
正面と背後を同時に見る事が出来ないのと同じです。
一旦何から逃げているのか、それを探してみる必要が出て来ました。
つまり、「その間は“金”から目を逸らす」という事です。
再び“金”と向き合う事になるかも知れない一方で、“金”と向き合う必要が無くなる可能性も有ります。
私が本当に何かから逃げていて、逃げる事を辞めた時、「その為の“金”は必要無かった」という事になる可能性が有るのですね。
もっと首尾良く行くと、「逃げていた“何か”こそが、私の求める“金”だった」という結論が出せる可能性だって有ります。
「外に“金”を取りに行くのは、“金”から逃げる事になる気がする」と思って黙って“金”を見詰めようとしていたのですが、それもまた逃げだったのかも知れません。
今は沢山の可能性が散らばっている状態です。
確定させる為には「何から逃げているのか?」を求めなくてはなりません。