もう金持ちに成っているのではないか? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

期待していたものは何も出て来ないのですが、感じられるものとしては特に悪くありません。

 

そこで思ったわけですが、私はもう金持ちに成っているかも知れません。

 

少なくとも、最初から本質的には金持ちだったと思います。

 

この「本質的には」という部分が大事です。

 

私が何よりも重要視している部分だからです。

 

極論すると、「本質的に金持ちだったなら、現象的には貧しくとも構わない」のですね。

 

逆だと非常に困りますけどね。

 

 

 

「追うと逃げる」というのは、エネルギーの視点で見るなら本当の事だと思います。

 

恋愛などはその最たるものなので良く分かります。

 

「恋愛も金も同じエネルギーで、恋愛では追うと逃げるのなら金も同じ事だ」と思うのですね。

 

私は金を追う気は全く有りません。

 

「(私の中に)無いから」という理由で、不安や焦りと言った低いエネルギーを原動力にして、「外の世界に取りに行こう」とは思いません。

 

そんな事をすれば自身が何を味わい、どんな結果になるか分かっているからです。

 

 

 

私が外に何かを取りに行く時というのは、蛇口を捻って水を飲む時や、近所のスーパーに買い物に出掛ける時です。

 

その時と全く同じ“何か”が在る時ですね。

 

現象的には外に取りに行っているのですが、本質的には不足を前提に動いた時とは“何か”が全然違うのです。

 

これならエネルギーは逃げないんですよね。

 

何故でしょうか?