“周波数” | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

YouTubeの視聴が日常の1つになっているのですが、最近やたらと目にするのがニコラ・テスラ(以下テスラ)の動画です。

 

「同じ人が違うアカウントで投稿しているのか?」と思うくらい、構成や内容が似通っているものばかりです。

 

本当にテスラ本人の言葉なのか、テスラの名前を借りただけで既存のスピリチュアルを語っているだけなのか?

 

それは分かりませんし、そこに言及するつもりもありません。

 

「言及する」とするならば、「頻繁に目にする」という事と、「語られている内容自体に関心が有る」という事の2つの事実についてです。

 

 

 

前例も幾つか有るのです。

 

恋愛真っ最中の時は恋愛に関する動画ばかりを、仕事を辞めたくて仕方がない時は退職や転職に関連する動画ばかりを、悟りに関心が有る時は悟りに関する動画ばかりを、それぞれ視聴していました。

 

それは「気付けば視ている」という感じで、「今のテスラもそうだ」と言えそうです。

 

そこでよく“周波数”という言葉が使われるのですが、これは私でいうところの「何を感じているか?」という事だと思います。

 

実際に感じているもののの高低って分かるんですね。

 

感じているもの=“周波数”で良いとするなら、私は“周波数”が高いのか低いのか、好ましい周波数なのかそうではないのか、ちゃんと感じ取れるのです。

 

 

 

今の私は高くも低くもありません。

 

気温で言うなら「暑くも寒くもない」です。

 

今の時期なら“暖かい”でしょうし、夏の時期なら“涼しい”です。

 

もっと簡単に言うなら“ちょうど良い”ですね。

 

「今の私の“周波数”と、内なる私の“周波数”がそこそこ合っているんじゃないか?」と思います。

 

この内なる私とは何か?

 

私はそれを的確に表現出来る言葉を見付けられていませんが、テスラの動画的に言うなら“宇宙”かも知れません。

 

「的確に表現出来ていない」と言っている以上、私は内なる私を“宇宙”とは呼びませんが、「“周波数”云々」という話と“宇宙”という話に限れば、それほどズレてはいないと思います。

 

 

 

“宇宙の周波数”なるものが在るなら、私はそれを知りたい(感じたい)ですね。

 

「“人の周波数”は大体網羅した」と思うんですよね。

 

だから、「それが低い(たかが知れている)」という事が分かるのです。

 

それが分かるのものだから、それに同調する気力も、留まる意思も、探求する好奇心も持てないのですね。

 

今はそんなにズレていないのだから、近いところに居そうな気もするのですが、「何が“宇宙の周波数”なのか?」が分かりません。

 

分からないのでは、有っても無いのと同じですからね。

 

「これが“宇宙の周波数”だ!」と言えるものが発見出来れば良いですね。