私の“感謝の言葉”は“ありがとう”とは限りません。
“ありがとう”は何かをして貰った時の礼儀、つまり“礼儀の言葉”であって“感謝の言葉”ではないかも知れないのです。
“感謝”を感じた時、私の中で言っている事が“感謝の言葉”だと思ったりもします。
例えば“嬉しい”とか“幸運”とかですね。
「きっと、私は本当の意味で“感謝”をした事が無いのではないか?」と思うのですが、そうなると次の課題はやはり「“感謝”を知る事」なのでしょう。
「“感謝”は私の内から溢れ出るもの」と見て間違いありません。
“愛”と同じなら、そういう状況が生じる筈です。
つまり、“感謝”する状況の現象化です。
何かを見て、あるいは体験して、“そこ”に私は“感謝”を感じるのではないかと思います。
今のところそういう現象が起こりそうな気配は感じず、何となく「こうだろうな」という予想も出来ません。
とりあえず今は“感謝の言葉”を探してみようと思っています。
それしかやれる事が見付からないのですよね。