“感謝”の中に“豊かさ”が垣間見えます。
これを完全なものにするには、引き続き“感謝”を意識し続ける事が必要になると思います。
感じた“豊かさ”はほんの僅かな時間で微かなものですが、その僅かな分だけでも“感謝”に値するのではないかと思えます。
もう昨日までの私には戻れないかも知れません。
よく「先に“感謝”せよ」と言われます。
これは私なり解釈すると「私は既に“感謝”である」なのですが、これで合っていると思えます。
“感謝する私”でもなく、“感謝される私”でもなく、“感謝”=私なのです。
「先に“感謝”せよ」とは、「それを先に知る」という事なのだと思います。
“感謝”という言葉に対する反応が昨日までとは雲泥の差です。
もう何処にも“感謝出来ない”という声は有りません。
「まだ受け取り切れてはいない」という事は感じますが、拒絶する気も有りません。
このまま“感謝”を我が物とするまで、今しばらく黙想を続けましょう。