“感謝”を求める | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「ちょっとやってみよう」と思う事があります。

 

“感謝”を私の内に求めてみようと思います。

 

もちろん、むやみやたらに「有難う」を連呼するつもりはありません。

 

“感謝”と呼べるものが私の中に在るか、それを探し求めるのです。

 

どうも“感謝”が重要らしいのですね。

 

 

 

それが本当かどうか確かめる為には、私の性質そのものを“感謝”とするくらいでなくてはならないでしょう。

 

今の私は何処にも“感謝”は見当たりません。

 

「“感謝”しろ」と言われても出来ません。

 

それはまるで、好きでもない人に向かって「好きです」と言うようなものです。

 

 

 

「“感謝”は宇宙の何か(失念しました)近い」という言葉を思い出します。

 

昔読んだ本に書いてあった記憶が有ります。

 

確か「創造するエネルギー」とかだった気がしますが、正確には思い出す事が出来ません。

 

それとは別の本では“感謝”と“金”を結び付けていたのも有りました。

 

 

 

私は“宇宙”も“金”も知りません。

 

私の内にそれらを観た(感じた)事が無いのです。

 

だからこそ「“感謝”を求めてみるか」という気になったのでしょう。

 

本当に私の中に在るのでしょうか?