まだ可能性の段階で精査する必要が有りそうですが、当て嵌まる言葉は“偉大”のようです。
「何か、飛び抜けて程度が高い」という事はずっと感じていたのですが、確かに“偉大”という言葉はそれに相応しいと思います。
私は“偉大”である。
もくしは、私は“偉大”な存在である。
…と言いたいのかも知れません。
ただ、本当に精査が必要になります。
私はネガティブなものなら割と簡単に認められるのですが、こういう大袈裟な言葉には慎重になります。
「私の中に在るこれは間違いなく“偉大”だ」と確信出来ない限り、「私は“偉大”である」と断じる事は出来ません。
「本当にこれは“偉大”なのか?」と疑い、確認しているのが今の私です。