「もう、これが“金”だとしか思えないのだが…」と思いながら私の中に在るものを観ていると、重なった言葉は“欲しい”でした。
「“金”が欲しい」ではなく、“金”=“欲しい”です。
これで“無い”→“持っていない”=“欲しい”と、段階的に変容しているのを経験したわけです。
私の中に在ったものは、何も反応を返さなくなりました。
昨日の昼までは確かに在ったものが、今は感じる事が出来ません。
“欲しい”が最終的な結論ではないとしても、「その時最も知りたかった事が“欲しい”だった」と見て良いでしょう。
続きが有る事は何となく察せられます。
本当に僅かですが、鳩尾に何か固いものが在ります。
コイツが“金”を持っているのかも知れません。
私が思っている事は正しい事の方が多いです。
“金”が私の中に在る事自体は間違い無いのです。
私の中を観ずに何処を探せと言うのでしょうか?