捉えられないならば… | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

それは捉えようとするとスルリとすり抜けます。

 

全く捉える事が出来ません。

 

きっと、外の世界の彼女もそうなのでしょう。

 

そうなると、私に出来るのは「ただ観る」という事だけです。

 

捉える事は出来なくても、観る事は出来そうです。

 

私はただ、私の中の彼女(“幸せ”)を観ます。

 

 

 

彼女との距離は近くはありません。

 

しかし、観る事が出来る範囲の中には在ります。

 

とても手は届きませんが、視界には入れる事が出来ます。

 

手が届く距離ではないのだから、捉えようとしてもその手は空を掴むのは当たり前です。

 

イメージの中の彼女は、手の届かない距離から私を見詰めています。

 

「観る者は、同時に観られている」のです。

 

私も目を反らしません。

 

ただ、観ます。

 

 

 

それで何が起こるか分かりません。

 

正体が分かって、手が届く距離まで近付くかも知れません。

 

それまでは、動かずに今の距離関係のまま観続けます。

 

今の私にはそれしか出来ません。