何もしないで“お金”を得る | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私が今回試みているのは、端的に言えばタイトルの通りです。

 

しかし、通常理解されるような意味ではありません。

 

何もしない・“お金”・得る…と3要素有りますが、全て通常の理解とは異なります。

 

何が通常の理解と異なるのか?

 

私はどういう理解の仕方をしているのか?

 

今回はその事について話そうと思います。

 

 

 

まずは「得る」です。

 

この言葉の意味は「持っている事に気付く」です。

 

「既に得ている」のであって、「これから得る」のではありません。

 

なので、「何もしないで“お金”を得ている」と表現するのが正確です。

 

ただ、持っている事に気付く必要は有ります。

 

持っていても持っている事に気付かないと、持っていないのと同じです。

 

しかし、前提が「既に持っている」という点は、「外の世界を探し回る必要が無い」という事なので、非常に大きなアドバンテージになります。

 

 

 

次は「“お金”」です。

 

これは現金とは限りません。

 

むしろ、その可能性の方が低いと思います。

 

「“安心”を得たいが為に“お金”を求めている」とします。

 

この場合の“お金”は“安心”ではありません。

 

その逆の“不安”なり“心配”なりが、求めている“お金”になります。

 

従って、「“不安”なり“心配”から目を逸らさずに感じ切って理解する事」が、この場合における「“お金”を得る事」になります。

 

 

 

最後に「何もしない」です。

 

これは「意識的にお金を得る為の行動は一切しない」という意味です。

 

自然と「既に持っているのだから、得る為に行動を起こすのは変ではないか?」となります。

 

あと、「意識的にはしない」という点もミソです。

 

「無意識でそうしてしまう分には構わない」という事だからです。

 

「顕在意識やエゴは使わないで、潜在意識なり真我なりが動くに任せる」という事です。

 

 

 

私は「これ以外に方法は無い」とまで思っています。

 

正直に言えば伸るか反るか分かりません。

 

しかし、反る事が決まっていたとしても私はやります。

 

「成功するか失敗するか」なんて全く考えていなくて、「試さずには居られない」のです。