これは行動でしょうか? | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「何もしない」という事なのですが、これは「行為者が居ない」とか、「『私が行動しているのだ』という意識も自覚も無い」という事です。

 

「行動にエゴの介入が無い」とか、「行動にエゴが乗っかっていない」という事です。

 

「行為だけが在る」という状態で、そこには“私(エゴ)”は居ない。

 

…そういう意味での「何もしない」であって、行為が起こる事を止めたり制限する事ではありません。

 

 

 

私は「行動しないと云々~」という話は好きではありません。

 

確かに言葉として表現するならそうせざるを得ない事は分かるのですが、どうしても「何か変だな。何か違うぞ」と感じてしまいます。

 

「“誰”が行動しているんだ?」という事を疑問に感じているのでしょう。

 

この“誰”がエゴを指すのであれば、ちょっと私は同意出来ません。

 

何故ならば、「行為者が居ない」という経験をしているからです。

 

 

 

では、ここで問いたいと思います。

 

私は先ほど、買い物に出掛けました。

 

目当ての物が手に入らず、結局買ったのはスーパーの野菜です。

 

さて、この「野菜を買った」というのは、「行動した」と言えるでしょうか?

 

私が野菜を手に入れられたのは、私が行動をしたからなのでしょうか?