“あなた”は誰? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

“お金が無い私”と、“それを許せない私”は反応する事を止めました。

 

後で振り返す可能性は無きにしも非ずですが、感じられ方から察するに、別の可能性を考えた方が良いと思います。

 

「別の可能性とは何か?」なのですが、「空には成っていない」という点に注目します。

 

反応する事を止めた=消えた…というわけではないのです。

 

何かが在るのです。

 

それは即ち、「“お金が無い私”が別の何かに変わろうとしているのではないか?」という事です。

 

この可能性を考えようと思うのです。

 

では、この場にて早速開始します。

 

 

 

“お金が無い私”はお金の有る無し関係無く、何かを実現しようと思っているが、“それを許せない私”がその実現を塞いでいた。

 

私が“お金が無い私”の側に付いて、ありのままの自分の姿として認めた結果、“それを許せない私”が塞ぐのを止めた。

 

相変わらず“お金が無い私”のままだと思うが、それを塞き止めるものが無いので、結果的に“お金が無い私”を感じる(気にする)事も無くなった。

 

こうして、両方の私が“実現したい何か”を巡って反応し合う事を止めた。

 

残ったのは、“実現したい何か”だけになった。

 

 

 

では、何を実現したいのか?

 

対象はほぼ“彼女”であり、愛している事も間違い無い。

 

普通に考えれば「一緒に暮らしたい」とか、「一緒に居たい」だろう。

 

しかし、それだと何処か合わない。

 

結果的にはそうなるかも知れないが、“実現したい何か”ではない。

 

「会いたい」とか、「再会したい」ならどうか?

 

それも合わない。

 

 

 

「ほぼ“彼女”」というのもちょっとおかしい。

 

何故、「ほぼ」なんて曖昧な表現になるのか?

 

刈谷に来たかった時は、明確に“刈谷”と分かっていたのだから、“彼女”もそうなっていないとおかしい。

 

“彼女”じゃないのか?

 

確かに、一緒に暮らす人を“彼女”と呼ぶのは変かも知れない。

 

私は親族以外の人と一緒に暮らした事は無いが、一緒に暮らす相手は下の名前で呼ぶはずだ…。

 

“お前”とか、“君”とか、“あなた”とかでも無いだろう。

 

 

 

“実現したい何か”とは“その人の名前”の事なのか?

 

“刈谷”だけで全て通じていたのだから、それは有り得る。

 

感じているものは“その人の名前”なのか?

 

“彼女”の下の名前を当て嵌めてみるが、全く合いそうも無い。

 

だったら誰なのだろう?

 

それとも、当たってはいるが、内側から発露しないと駄目なのだろうか?

 

それはつまり、「“彼女の下の名前”を感じないと駄目」という事だ。

 

そうなると、「今感じているのは、“彼女の下の名前”だ」という悟りが必要になる。

 

 

 

「人の名前を感じる」なんてやった事が無い。

 

出来るのだろうか?

 

取り敢えず「“あなた”は誰?」とでも問い掛けてみよう。

 

これで返事が有るだろうか?

 

 

 

…というわけで、しばらく時間を置こうと思います。

 

既に感じるものは在るわけで、後はそれに気付くだけとは思いますが、「その為の時間」という事ですね。