「私の事はお金で評価しろ」とは、一体どういう事でしょうか?
ちょっと前に私は「私は常に評価する側だから、評価のされようが無い」と言いましたが、それが答えとはならないようです。
だから、余計に分からないのでしょう。
「かなり核心を突いている問いだ」とは思うものの、進展する気配は感じられません。
今、微かに「その事について考えるのは楽しい」と感じるものが在るのですが、それが答えになるのでしょうか?
沢山お金を稼いでいる人や資産が沢山有る人を「羨ましい」と思うなら、それが大きなヒントになった事でしょう。
でも、全くそうじゃないのですね。
その人達を羨ましがったのは、「働かなくても良い未来を投影させていたから」で、その事について問題にしていない今の私には、引っ掛からないのは当然と言えば当然です。
「“働きたくない私”が居ない(出て来ない)から、「羨ましい」とも思わない」という事ですね。
私の答えを引き出せる“被写体”も探しています。
それが見付かると理解が早まると思います。
例えば、「お金で評価されている」と感じる人ですね。
その人から感じられるものは、私が持っている要素・性質なので、後はそれを言語化すれば良いのです。
でも、それってどういう人なのでしょう?
お金で優遇されるような人とは、どういう人を言うのでしょう。
媚びるような人か?
可愛がられるような人か?
信頼されるような人か?
「この人(自分以外の誰か)の為に」と考えるような人か?
私ならどういう人をお金で評価するでしょう?
お金にどういう意味を持たせて渡すでしょう。
それを考えてみようと思いますが、良く言われるようにやっぱり“感謝”でしょうか?