“何か” | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

感じたものを自分とする私のスピリチュアルが、“悟り”にまで適用されるのかは分かりません。


経験する事=感じる事となれば適用されると思いますが、今の段階では都合の良いこじつけに過ぎません。


何にしろ、頼れるのは私の内で今も感じられている“何か”です。


その“何か”が“悟り”である保証は有りませんが、それでもその“何か”に賭ける以外の選択肢も有りません。




何だか知らないが落ち着かない。


何だか知らないが違和感を覚える。


何だか知らないがしっくり来ない。


何だか知らないがピタリと収まらない。


何だか知らないがカチッと嵌らない。


“これ”は一体何なんだ?


私が“悟り”を求める理由はそこに有ります。




昨日は鳩尾に在った“何か”は、今は腹に来ています。


色々変化をしているところを見ると、近いうちに何かが掴めるかも知れません。