「働きたくない」の本当の意味を探る | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

完全に消えてはいませんが、昨日と比べたら非常に大人しいものです。


「働きたくない」という思考に反応を返していた“それ”も、今では「意味が分からない」とばかりに掠りもしません。


“それ”はどんな私だったのでしょうか。


これだけ静かになれば少しは透けて見えても良いと思うのですが、未だ見える気配がありません。


「完全に消えてはいない」というところに賭けましょう。




「働きたくない」とはどういう事でしょう。


「働きたくないと言いたくなる環境に身を置きたい」と考える人はまず居ません。


それでは「働きたい」と言っているのと同じです。


しかも、「良いとは言えない環境で」というオマケ付きです。


そういう環境に居るか、そういう状態を予想出来ないと、「働きたくない」という言葉は出て来ないでしょう。


私が「叶っていた」と言ったのは、そういう意味だったのです。




「働きたくない」という言葉は、そういう意味が想定されたものではありません。


「遊んで暮らしたい」とか、「働かずに済む環境に身を置きたい」とか、「好きな事をして稼ぎたい」とか、そういう意味で使う事でしょう。


「働きたくない」の適切な意味を探し出す必要が有るかも知れません。


昨日は感じる事で手一杯で全く余裕が有りませんでしたが、今日なら出来るでしょう。




早速、「働きたくないんじゃなくて…」と言いた気な感じがしています。


今日すべき事は決まりましたね。