“楽しませる”と“恋” | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

昨晩の記事を投稿した直後、“楽しませる”と言っている様にしか思えないものを感じ始めました。

 

「取り敢えず方向性は間違っていないのだろう」と考え、その“楽しませる”にしばらく入り浸り続けました。

 

「何をどう楽しませるのか?」という疑問を持ちながらも、悪くない気分の中で何時の間にか眠りに落ちました。

 

 

 

そして今朝目覚めた直後、半覚醒状態のまま“楽しませる”を思い出していると、それは“恋の事”という言葉に置き換わりました。

 

何度確認しても、“恋の事”と言っている様にしか思えません。

 

確かに、私にとって恋以上に楽しさを感じた経験はありません。

 

決して小さくない悩みも苦しみも有りますが、それも楽しさを際立たせる大きな要因である事は間違いありません。

 

「楽しませる、恋の事」と、繋げればちゃんと意味の通る文章にもなります。

 

まだ恋について知らない事や、経験してみたい事が有るのでしょうか?

 

 

 

今、“恋の事”を感じています。

 

文章としては成立しても、どう解釈すべきなのか分かりません。

 

「自分が恋した相手を楽しませる」とも、「恋をしている人が楽しめる様に手伝う」とも、解釈次第でどの様な意味にも捉えられてしまう現状では早合点は禁物です。

 

 

 

久し振りに大きな反応です。

 

これは何と言っているのでしょうか?

 

私が知っている“恋”とは違います。

 

“愛”でもありません。

 

「恋を事って何の事か?」という事なのでしょうか?