“稼ぐ力”を用いる事は、騙し取る事でも絞り取る事でもない事は明らかです。
それらの行為でお金を得る事は、むしろ“稼ぐ力”の無さの証明になります。
お金を稼ぐ本質が詐欺や搾取であってはなりません。
ここで問題にするのはあくまで本質の話です。
「稼ぐ力とは何か?」という事を知っていて、その本質に則った稼ぎ方をするならば、傍目から見て詐欺や搾取以外の何物でも無かったとしても、私はそれを“稼ぐ力”として認めます。
その逆も然りです。
如何に合法であろうと、本質が詐欺や搾取以外の何物でもない稼ぎ方をするなら、私はそれを“稼ぐ力”として認めません。
私は“稼ぐ力”という言葉に対する反応を感じています。
もしかすると、“稼ぐ力”そのものを感じているかも知れません。
非常に質の高いポジティブな性質を感じます。
全くブレの無い力強い印象を感じ、何処にも悪印象を抱く余地が有りません。
感じているものが本当に“稼ぐ力”であるならば、「“稼ぐ力”は大変良いものである」と言えます。
“自信”や“信頼”と言った言葉が頭を過ります。
確かに組織に属さず、独立するには不可欠な要素でしょう。
感じているものも、それらに近いものがあります。
正確に理解するには今しばらく感じ続ける必要が有ります。
“それ”は既に私の中に有ります。
実質的には手に入れているのです。
私が“それ”を否定しない限り、理解した瞬間に私のものになる事が決まっています。
「独立する以外に生きる道は無し」と定まっている今、“それ”を否定する理由は有りません。
即ち、“それ”はもはや私のものです。