私のスピリチュアルはトランスミューターと呼べない…気がする | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「独り立ちするにあたって、名乗るべき肩書や職業名が有った方がやり易い」と思って、ここ数日はその事ばかり考えていますが、中々しっくり来るものが出て来ません。

 

私のスピリチュアルを他者に転用すると、「気付かせ屋」とか「向き合わせ屋」と言った感じになります。

 

それが結果的にネガティブからポジティブに変換される事になり、やがては両方が統合されて「ネガティブでもポジティブでもない」という状態に至ります。

 

それで「トランスミューターが最も近い」と思ったわけですが、冷静に見るとトランスミューターとは決定的に異なる点が有ります。

 

今回の記事ではこれ以降、ネガティブを闇、ポジティブを光と表現します。

 

 

 

 

トランスミューターは闇を光へと変換すると言われます。

 

しかし、私のスピリチュアルは闇を光と等しく受け入れ、統合する事を目指します。

 

「闇を光へと変換する事」と、「闇と光を統合させる事」とでは、その内容と目的に大きな違いが有ります。

 

外の世界で言われる通りにトランスミューターを単純に理解しようとすると、私から見れば片手落ち、自分のスピリチュアルの劣化品でしか無くなるのです。

 

「トランスミューターの真の目的は変換ではなく統合に有る」と言うなら、私はトランスミューターと名乗れるでしょう。

 

ところが、そのような事が語られている内容のものは、何処を探しても見当たりません。

 

統合が目的なら、トランスミューターという言葉になる事も不自然です。

 

 

 

そうなりますと、私はライトワーカーとも呼べなくなります。

 

光ばかりを見て、闇を置き去りにするのがライトワーカーだと言うなら、私はライトワーカーでは有りません。

 

これは解釈の違い、あるいは単に表面上でしか語られていない部分だけを見ているという可能性も有ります。

 

実際にライトワークをしている方はその点を良く知っていて、つまり「闇無くして光無し」という事を知っていて、表には出していないだけなのかも知れません。

 

「闇を受け入れて光と統合させる事こそが、ライトワーカーの真の目的であり本質です」と言うのなら、私は間違い無くライトワーカーと呼べますが、やはりその点が語られているものは見付かりません。

 

 

 

「私のスピリチュアルは重い」と言いました。

 

それは軽やかな光と言うよりはどっしりとした闇に近いものですが、闇ともまた違うもので、さらに言えば重いのではなく、“重みを感じる何か”です。

 

その“重み”こそ、私が求める肩書きや職業名に結び付くかも知れません。

 

今度は統合、そして重みをヒントに模索してみる事にします。