初日に比べれば随分和らいだものの、それは未だに私の中に留まったままであり、「低所得は恥だ」とする私の事実も覆ったわけではありません。
本当に恥ずべき事なのだと思います。
愛する女性を迎えようとする男性の姿としては…ですが。
多分そういう事を言っているのかも知れません。
相手の女性が許しても、私は決して許さないと思います。
そういう私である限り、私は自らの結婚を拒むでしょう。
少なくとも、今感じているものに則れば必ずそうなる事が分かります。
そして、私のこの姿勢は男性として正しいと思います。
こういう事を考えたり書いたり出来始めているのは、私なりに“恥”から何かを学べているのかも知れません。
私は一応男性という事になっていますが、視点はかなり女性的です。
ひたすら愛を求めたのもそうですし、「低所得は恥」というのも男性を見る女性の視点そのものです。
「男性と女性は別の生物」と言われる程には、女性の事を理解出来ないとは思いません。
自身の心を丸裸にすれば、それが女性への理解になる事を知っているからです。
その丸裸の心が「結婚するなら低所得では駄目」と言っているのです。
実際に結婚するかどうかよりもその事実を知って(感じて)しまった以上、無視出来るわけがありません。
愛は甘く幻想的ですが、恥は厳しく現実的です。
私はこの現実を直視しなくてはなりません。
その現実も幻想的と言った愛と同じく私の中に在ります。
幻想も現実も区別無く私の中に在ります。
つまり、結局は何時もと同じパターンに落ち着き、結局は解決してしまう事でしょう。
私の中で恥がどう結論付けられるのか?
本当は全部すっ飛ばして結論だけを知りたいのですが、色々な過程を経る事になるのでしょう。
それは仕方ありません。
何故が知りませんがそうなっているらしいので、ここはゆっくりと解き明かして行きたいと思います。