“未来”を向いている | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私は外の世界に意識が向いていません。

 

“向いていない”のがその事だとしたら、既に自覚もしている事なので「ああ、そうだね」で終わる話です。

 

確かにそれも内的事実には相違無いのですが、本当に“向いていない”が言いたい事はそれなのでしょうか。

 

数日待っても何も出て来ず、私も答えを用意する事が出来ませんでした。

 

内なる世界を向き続けてはいたものの、結果的に放置に近い状態となってしまいました。

 

 

 

今朝です。

 

目覚め直後に「向いているのは“未来”だ」と思いました。

 

“未来”という言葉は感じているものを上書きしました。

 

今感じているものは“向いていない”ではなく“未来”という言葉に強く反応しています。

 

「関心を持っている」と言っても良いでしょう。

 

感じているものは“未来”と言っているのかを私は何度も確認しましたが、確認すればする程そう言っているとしか思えなくなりました。

 

もちろん、私が言い聞かせたのではありません。

 

むしろ、言い聞かされているのは私の方ではないかと思います。

 

 

 

今朝の思い付きだけで“未来”だと断ずるに至ったわけではありません。

 

私は潜在意識が未来を見通し得るものである事を学んでいました。

 

それは調べれば幾らでも出て来る潜在意識の能力ないし性質です。

 

それは机上だけの知識ですが、私も心の何処かで「未来を見る事が出来るんじゃないか」と思った事がありました。

 

これは普通イメージする未来予知とは違うものなのですが、ある特定の可能性を頭に浮かべた時、「それが私にとって意味を有するか否かが分かる」というものです。

 

思い浮かべた時点である程度判別出来る何かが、私の中に在るのです。

 

意味を感じなければ行動はおろか意識を向ける事さえしません。

 

やる前からそれが分かれば、無駄なエネルギーを使わずに済みますね。

 

私はそれをやっている節があるのです。

 

 

 

新たな足掛かりは得ました。

 

どう感じても“未来”としか言い様がないこれを辿ります。

 

“未来”は何を語るのでしょうか。

 

潜在意識を学んだ人なら少し引っ掛かるかも知れません。

 

一見すると「今に在る」と相反するからです。

 

私も最初はそう思って意識を“今”に戻そうと思ったのですが、どう見ても戻せない事が直ぐ分かりました。

 

戻す必要が無いのです。

 

“未来”を見ているのは顕在意識ではなく潜在意識です。

 

それは“今”感じている事です。

 

従ってこの場合は“未来”を感じる事が今に在る事になるのです。

 

感じている“未来”から意識を逸らして顕在意識で都合の良い別の未来をイメージをしようとするのとはワケが違うのです。