私の内なる世界は外に出たがっている | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

例えば、人の内なる世界に熟知している人をどこかで募集していて、そこに簡単に入り込める状況が用意されていれば、私は直ぐにでもそれを始めるでしょう。

 

問題は外の世界のニーズです。

 

そもそも、外の世界に「内なる世界を満たす」というニーズが有るのか? 

 

私の内なるニーズと外の世界のニーズが一致するのか?

 

そこがクリアーされないと意味がありません。

 

私は外の世界の人は目に見えるものにしか興味が無さそうに思えるのですが、そう思ったままだとこの話は無理です。

 

「世の大半の人は外の世界にしか興味が無い」と思うのは、どんなに素晴らしい発明をしても「こんなの売れるわけが無い」と思っているのと同じです。

 

 

 

こんな事を考えている時点で、私は自らの内なる世界を外の世界に出したがっているのでしょう。

 

言葉としては矛盾しますが、「それが私にとっての内なる世界に隠居する事になる」と感じてもいます。

 

私が内なる世界に隠居しようと思ったら、この内なる世界を外の世界に出す必要があるかも知れないのです。

 

今度は私以外の相手が居る話となるのですが、やはり問題は私の内に在ります。

 

「ニーズが有るかどうか疑わしい」、あるいは「ニーズは無いだろう」と私が感じている事が問題なのです。

 

ただ、本当にそうなら今感じているものと一致しているはずですが、少なくとも現時点ではどうやらそうでは無いようです。

 

まずはこれを感じて答えを得ます。

 

全てはそれからです。