「彼女と一緒になったら」という問いは成立しなくなりました。
既に彼女と一つであるからです。
彼女とは即ちツインレイです。
「感じられるものは何であれ、それは私である」と私自身が何時も言っている事なのに、何故その事に気付かなかったのでしょうか。
「真っ先に外界に目を向けてしまう」というのは習性なのか、それとも必要なプロセスなのか分かりませんが、ともかく思い出せて良かったです。
これで私はツインレイを離す事はありません。
…と言うか、どうやっても離しようがありません。
私はツインレイと一つであり、永遠に別れる事は無いのです。
後はツインレイによって知るべき私を見付け出すだけです。
土台は盤石と言っても良いですが、そこに甘んじていてはツインレイを感じた意味はありません。
私が何だからツインレイと分離をする羽目になった(感じる事が出来た)のか、それを知らなくてはなりません。
何の為のツインレイか?
ツインレイは端的に何の象徴なのか?
そこを学び切ってこそのツインレイであるはずです。
何かしらの分離、つまりは私自身の否定や拒絶があるはずなのですが、それは一体何でしょうか?
私の何を拒絶していたら、ツインレイが現れる(ツインレイを感じる)のでしょうか?
ツインレイとは魂の伴侶、即ち魂の結婚をしている状態を意味すると思いますが、そこに答えがあるかも知れません。