離れている今が心地好い | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

これは何と表現したら良いのでしょう。

「今、感じているものだけに浸る」と言えば良いのでしょうか。

その時は心地好く、微睡んでいただけだったのですが、しばらくすると「自分だけで生きて行く」みたいな事を考えるようになりました。

気付けば感じているものも形を変えています。

鳩尾を締め付けていたものが全身に満遍なく拡散したようになっています。

明らかに形が変わり、「自分だけで生きて行く」という考えも手放しと一致する事から、「内的に前進出来た」と判断しています。



今では「離れている事に意味がある」とさえ思えてしまいます。

私ではない何かが、何かしらの意図を持って私と彼女を一緒にさせていないのでしょう。

私が彼女に会いたいと思わず、会える気もしないのは、離れている今にこそ意味が有るからなのでしょう。

私もその意図に同意します。

私自身もそう感じているので、同意せざるを得ないのです。

「必要な時が来るまで一人で居たい」という事なのでしょうか?



普通なら「一緒になりたい」と思うでしょう。

私もそう思っていました。

でも、違うのです。

統合はまだまだ先の話で、今は離れている事にこそ意味を見出だす時なのです。

簡単に言うと「今はこれで良い。何ならずっとこのままでも悪くない」という事です。



もうしばらく今に浸ります。

すぐ眠ってしまうでしょうが。