お金の本質は信用…ではない気がする | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

お金の本質は信用とも言われますが、これが私には全くピンと来ません。

少なくとも、私が「これはお金のエネルギーではないのか?」と思っているものにはかすりもしません。

現段階では私の方が間違っている可能性が高いのかも知れませんが、それでも私の方を“信用” するならば、「信用は現象のレベルで本質ではない」と思います。

私が思うお金はかなり高い次元の概念で、地球人が持つ概念で説明出来るものではないと思います。

何かを取り引きしたり、貸し借りをするのであれば信用でも良いでしょう。

取り引きも貸し借りも地球人の概念なので、それなら私でも理解出来ます。

しかし、お金そのものの本質を現す言葉として採用する事は今の私には出来ません。

私が求めているのはお金それ自体の本質であって、それが使われる形の本質ではないのです。

最終的には、言われている通りに信用なり感謝なりに落ち着くかも知れませんが、今に限れば「それらはお金の本質とは言い切れない」という事になります。

まあ、端的に言えば「分かりません」という事ですね。



何となく「お金は要らない」という結論に至りそうな予感がします。

スターシードみたいに普通の地球人が思いも付かない何かによって、「だったら要らないよね」と納得してしまうような何かがあるような気がするのです。

でも、私はそれを目指しているわけではありません。

単純に、今感じているものの正体を知りたいだけです。

結果がどうなろうと知った事ではありません。

「やっぱり要るよね」でも、「やっぱり要らなかったね」でもどっちでも良いです。