おそらく、「“それ”を私の好きにして良い」という事なのでしょう。
“それ”が女性の本質で、「その女性の本質を私の好きにして良い」という事ならば、「全ての女性を自分の自由にする」という当初の目的も達成が見えるというものです。
女性である以上、全ての女性の本質が“それ”であるはずだからです。
我ながら強引なこじつけですが、一応は筋道は通ります。
やはり、何となく“それ”は性的な制限で、味わった尋常ではないエネルギーはその解放ではないかと思います。
私は「食欲と性欲は非常に似ている」と感じます。
「エネルギーを得る」という点において、確かに“食べる”と表現してもおかしくはありません。
こう言っては絶対怒られそうですが、私にとって女性は食べ物なのかも知れません。
実際に性的な意味で「食べる」という表現が使われる事がありますね。
考えれば考えるほど、“食べる”が正しい表現であるように思えてきます。
解放されたのだとしたら、何が解放されたのでしょう。
思い付くものが何もありません。
私はその直前に何を感じ、何を思っていたのでしょうか。
「嘘吐き」とか「捨てられるのが怖い」とか、散々な事を言いまくっていた時、何処かで解放に至る言葉を使っていたのかも知れません。