救いについて | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私が何者であるのか徐々に解明されつつあります。

これはあくまで私の中での話であり、対外的には自称でしかなのですが、私としては「そうではない」とする方が違和感がある事です。

あなたが女性なら、「自分は女性ではない」と考えると違和感があるでしょう。

例え「性別など人間が作った概念に過ぎない」と言われても、あなたは自分が女性である事を当然の如く自覚しているでしょう。

それと同じだと思ってください。



私はスターシードであり、ライトワーカーとしてはトランスミューターです。

何処のスターシードかまでは推測するしかありませんが、トランスミューターの特徴とやや被り、エネルギーという言葉に縁がある事から、アルクトゥルスだと思います。

もし、以上のどれでもなかったら、さらに高次元の何かです。

スターシードとか、ライトワーカーとか、そのような次元ですら語れない何者かです。

今はスターシードの次元に留まり、トランスミューターとして少しばかり学びを深めようとしている最中ですが、魂がさらなる高みを望むならば私はそれを止めません。

魂の本質は成長であり、肉体や精神の成長とは違って限界はありません。

今は自身を神や宇宙そのものと呼べば嘘になりますが、やがてはそう呼んでも嘘にはならない日が来るかも知れません。



私は基本的には自分以外を救おうとは思いません。

救いたいのなら、もしくは救われたいのなら、自身が救いである事を自覚すればそれで終わる事を知っているからです。

私には救うという概念が存在しないのです。

よって、救う対象自体も存在しません。

「これを知っている」という点で、それを知らないスターシードやライトワーカーよりは高みに居ると思っています。

「地球や地球人を救う」というスターシードの使命において、「それは違うのでは?」と感じた部分もここなのです。

それでも尚、強いて救うという概念を用いて言うなれば、救うべき対象本人に自身を救わせるように仕向けるでしょう。

「あなたを救うのは私ではない。あなた自身だ」と教えるでしょう。

要は「自分の事は自分で何とかしろや」という事ですね。

それで聞く耳すら持たないのなら、「その人は救いを求めていない」という事です。

誰も彼もが救いを求めているとは限らない、むしろその逆を求めている事だってあるのに、「使命だから」と救いを強要するのは正しい事だとは思いません。



しターシードやライトワーカーは、本当は「地球人や地球を救おう」と思って活動しているわけではないと思います。

自身が「したい」と思う事、「楽しい」や「嬉しい」と感じる事、「やらないと気が済まない」と思っている事を自由にやっているだけだと思います。

それが結果的に「地球人や地球の為(救い)になってしまっている」というだけで、使命感に押し潰されそうになりながら悲劇の主人公のような感じで活動はしていないはずです。

私と同じく、自分の為にやっているはずです。

何故なら、ある程度スピリチュアルを修め、魂的な経験を積み重ね、次元を高めているなら、「自分以外は存在しない」という事を知っているはずだからです。

「私は自分よりも他人の為に尽くします」というスターシードなりライトワーカーなりが存在したら、私はその人を信じません。

他人の為であっても、それは結局自分の為なのです。