“非正規”の反対概念って何だ? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

感じる次元よりもさらに上位の次元は存在すると思います。

そうでなければ「感じているものが何か」を理解する事が出来ないはずだからです。

結果的に理解に至る私は少なくとも感じる次元と同等以上と言えるかも知れません。

しかし、それでも感じているものが出て来る前の事は分かりません。

「次に出て来るであろう“感じるもの”が何かを予見する事は出来ない」という事です。

それが私の限界なのですが、その限界は大して障害にはなりません。

それどころか、感じているものに集中出来るのはその限界のお陰とも言えるので、今の私は超えない方が良いものでもあります。



私は神の方向へ進もうとしてはいます。

でも、今の私にとって神よりも「今感じているものが何か?」の方が遥かに重要で意味があります。

そんな私が“非正規”を感じたわけですから、現時点では“非正規”は神を超えています。

「超えている」とは表現が適切ではありません。

「優先度が高い」と言うべきでしょう。

「神なんて後回しで良いから、先に“非正規”を読み解きたい」と思っているのです。

それを神の意思だと今は受け取る事にします。



疑問に思う事が出て来ました。

私の法則の1つである「反対概念を通して望むものを得る」というものが、果たして地位にも通用するのかどうかです。

つまり、“非正規”に反対概念が有るのか?

有るとしたらそれは何なのか?

…という事です。

私が否定していた“非正規”を受け入れたら、その反対概念である“何か”も受け入れる事になるはずなのです。

単純に考えたら“正規”ですが、私の中ではそれが“非正規”の反対概念として機能している様子が見えません。

違う何かの可能性もあります。

“非正規”を感じていた時点で、“それ”にも触れているはずなのです。

“それ”を見付けなくてはなりません。



おそらく、外での地位などはどうでも良いと思われます。

重要なのは私の中の“地位”です。

今の私は「その私の中の地位が“非正規”なのはマズイ」と言っているだけです。

これが「“非正規”が最高!」となれば、何の問題も無くなります。

何れにしろ、感じているものを読み解かなくてはなりません。

感じるものから察するに「“非正規”の反対概念は何か?」は有力な手掛かりになりそうです。