「私が相手に感じている事は、相手も私に感じている事だ」と思います。
相手が私に感じている事は確かめようが無いのですが、これからしばらくの間はそういう前提で考えます。
話を物凄く飛躍させますけど、私が明確に「この人と結婚する」と感じたなら、その人も「この人(私)と結婚する」と感じているでしょう。
今のところ、私の中には「この人と結婚する」は在りません。
「Iさんがそうではないか」という疑いが在るだけです。
しかし、それが何時出て来てもおかしくない心的状態にはなっていると思います。
何故ならば「そういう人が居たらそう感じるというイメージが出来るから」です。
「実際に結婚するかどうか」は全く問題ではありません。
「『この人と結婚する』と感じた一瞬を己の人生に刻めるか否か」が問題です。
その一瞬で私の結婚は成立します。
例え実際に結婚に至らなくとも…です。
「相手もそう感じている(はずだ)から」ですね。
これが私の結婚になるはずです。
疑っている段階では話になりません。
私が私の結婚をしている時、それは疑う余地も無いくらい明確に「この人と結婚する」を感じていなくてはなりません。
何故か「そういう人が居て、そういう時が来たら分かる」と思うのです。
「それ以外に無い」とさえ思います。
個を捨てる事と結婚は関係あるのでしょうか。
本当の結婚とは個を捨てて初めて叶うものなのでしょうか。
「多分そうなんだろう」と思います。
もしかすると、結婚とは個を捨てる事自体なのかも知れません。