「何でも叶う」か「何でも叶える」か | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「何でも叶う」は何処か他力をあてにするようなニュアンスを感じる一方で、「何でも叶える」は「自分でそれをする」と言った主体性を感じる事が出来ます。

自分に対しても、「何でも叶う」では「お前なら出来る」と体の良い言葉で丸投げしておいて「私は知らん」という無責任な感じがする一方で、「何でも叶える」は「お前の望みは私が叶える」という何とも頼もしい感じがします。

今、感じているものが望む姿勢としてどちらが相応しいでしょうか。

感じているものが「何でも叶う」に近いのか、「何でも叶える」に近いのか…という話です。

これは寝起きから「何でも叶う」を繰り返すにつれて、「何でも叶えるの方が良くないか?」と思ったからなのですが、実際その通りで「何でも叶える」の方がより近いと思います。

それが心からのもので、実際に実行に移せて、さらに常に結果を伴わせる事が出来るなら、実に男らしくてカッコいいです。

まさに男の中の男です。

こんな男性に惚れない女性は居ないでしょう。

私は「私以外の誰かに対して出来るかは分からないが、自分に対してなら出来るだろう」と思います。