「好きになって欲しい」はあるのも知れない | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「自分だけで全て足りてしまうのなら、その自分を感じれば良いのでは?」と思った瞬間、微かな手応えのようなものを感じました。

しかし、本当に微かで辿る事が出来なかったので、思い付いただけでそのまま放置していました。

そうすると、「誰かを探しているのではないか」という疑問が起こりました。

「まあ、確かにそんな気がするな」と思いましたが、それがIさんなのか、Iさん以外の誰かなのかまでは掴めませんでした。

「こっちが誰かを探しているなら、そっちの誰かも自分を探しているのだろう」とか、「そんな人と出会ったらお互いに見逃すわけはないだろう」とか、「やっぱりIさんだったら面白いな」とか、久し振りにスピリチュアルっぽい内容の妄想を楽しみました。

…まあ、それも何時の間にか忘れていました。



そのしばらく後ですね。

「好きになって欲しい」という言葉が浮かんで来ました。

「これが今更出て来るのか?」と思いつつ、その言葉に対する心の反応から察するに、「そういう気持ちはあるな」と認めました。

私は「承認欲求の類はもう無い」と思っていたのですが、まだあったのですね。

何度か心の中で「好きになって欲しい」を繰り返しながら、「こういう心に共鳴するような反応が欲しかったんだよな」と一人で楽しんでいました。

今思えば、Iさんにもそれを求めていたかも知れません。



「好きになって欲しい」というのは私(自分)に対して言っている事になります。

「私はまだ、自分を好きになっていなかった」という事なのでしょうか。

「誰かを好きになった時点でそれは自分が“好き”だから」と学んだはずですが、学んだだけで好きにはなっていなかったのかも知れません。