感じているものは何を要求しているのか? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

今感じているものに対して「これと1つになりたい」という気持ちが湧きません。

「何でもかんでも統合すれば良いわけではない」という事なのか、「求めているのは1つになる事ではない」という事なのか、一旦統合からは離れた方が良いかも知れません。

しかし、「私の中に在る」という事は「それは私の好きにして良い」という事です。

「私の好みに合う対応の仕方を求めれば良い」という事なのでしょう。

一先ずその線で考えたいと思います。

感覚的に例えるなら「10億円の使い道を考えるような感じ」と言ったところでしょうか。



「これを私の好きにして良い」という前提で、「さて、どうしてくれよう」と感じているものに向かって意識を向けます。

それは同時に「感じているものがどうして欲しいのか?」と、その要求を聞く事にもなります。

「私の好きにする事と感じているものがして欲しい事は一致している」と思います。

そうでなければ、それが私の中に在る意味が無いからです。

何となく私が叶える立場に回りそうですね。

「感じているものがして欲しい事をする事が、私がそれを好きにする事になる」という意識でいた方が良いと思います。



感じているものは何を要求しているのか?

私は何でもする用意があります。

感じているものの性質から察するに悪事とは程遠いものと思うので、それなら何をやっても大丈夫でしょう。