「無性に気になる」を待つ | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「もう辞めるんだ」という実感はありません。

当然です。

辞める事が目的ではないからです。

本当の目的の通過点その1でしかありません。

本当の目的は今、感じているものの奥に在ります。

感じられるものが在り続ける限り、私はその奥に向かって歩みを進めます。

やがて私は次の目的地を発見出来るでしょう。



今の私には次にどうすべきかは見えていません。

しかし、「おそらくこうなると思う」という予測は立てる事が出来ます。

まず、常に意識を引っ張られるような感覚で、何かが無性に気になり出すと思います。

それは物かも知れないし、人かも知れないし、場所かも知れません。

次の目的地はそこで示されます。

選択肢は複数存在し得ますが、間違った選択肢は選ぶ事が出来ないでしょう。

間違った選択肢は、それに意識を向けただけでも明確に「ここには絶対に行きたくない」と感じさせられるはずです。

結果として、私は嫌でも正しい選択肢を選ぶ事になります。

その時の私は「これなら出来る(行ける)」と、心の何処かで感じていると思います。

気乗りしていない可能性もありますが、それでも「そこに行く以外に無い」という事も感じているでしょう。

後はそこに行くだけです。

…と言うか、否応無しに行くしかありません。

後は何の障害も無しにスムーズに事が運ぶと思います。

「今まではそうだったら今回もそうだ」とは限りませんが、「何かが無性に気になり始めるのを待つ」というのは充分にアリだと思います。



私はIさんから物理的に離れてしまいました。

でも、離れたからこそ解る事があります。

やはり、私は彼女が居なければ駄目だと思います。

他の女性では全く代わりになりません。

住む場所と食べ物で身体は保つ事は出来ても、彼女無くして心や魂を保つ事が出来ません。

しかし、それでも今は感じているものが全てです。

顕在意識で「彼女が必要だ」と思っていても、潜在意識でそう思っていなければ意味がありません。

逆に言うなら、潜在意識でそう思っていれば何だかんだで上手く行くでしょう。

どのみち私(顕在意識)は潜在意識に委ねる他無いのです。

…が、「彼女が居なければ駄目だ」とする考えについては、それが例え顕在意識のレベルで意味が無いものだとしても、その価値を認めたい思います。