今日は珍しい事に“悟り”という言葉に興味を感じます。
そこでふと、「悟りって何を悟るんだろうか」と疑問に思ったのです。
現在のところ、私の中での最高位の悟りは「私は愛である」です。
信仰はそれを超えるのですが、「私は信仰である」という悟りには至っていません。
「私は信仰である」と言うと何だか変な感じがするので、次の悟りがあるとしたら「私は信仰するに値する何かである」という事になるのではないかと思います。
例えば“神”とかです。
今のところ“神”という感じではありませんが…。
悟りとは、それを悟る事なのでしょうか。
「疑問に思った」という事は、近いうちに答えが出るんじゃないでしょうかね。
まあ、それが何であれ最終的には自分にしか成りません。
自分がそうならば、それを発見出来ます。
それが発見出来たら、自分がそうだからです。
「何を悟るのか?」の答えが発見出来たら、自分はその悟りなのです。
我ながらこの論法は使い勝手が良くて好きです。