個としての私は、私以外の全てで決まっている | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは、魂の世界だった。

ぶっちゃけて言うと、全ては“運”だと思います。

置かれたタイミング、置かれた環境、置かれた場所、置かれた他人で、その時の自分の全てが決まってしまいます。

“運”とは、“その時の自分以外の全て”です。

どれだけ能力が高かろうが努力しようが成らないものは成らないし、逆に言えばどれだけ無能だろうが怠けようが成るものは成ります。

個人としての私は悲しい程に無力だと言わざるを得ません。

まず、これを認め切れるかどうか。

もし認め切れたら、私は個としての自分を捨てるんじゃないかと思います。

私がどういう存在なのかも、私によって決めているのではありませんし、決める事も出来ません。

また、私以外の全てを固定する事が出来ない以上、「決まった私」というものも存在し得ません。



何を言いたいのかと言うと、それは「これから吟味したい」と思っています。

ただし、それは恋愛の枠を超えている事は間違いないでしょう。

IさんもKも“運”、つまり私以外の全てに含まれているものです。

これが何を意味するかを、私はまだ理解していないので、今からそれを吟味して理解を試みるのであります。