既に有る | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは、魂の世界だった。

「既に有る」とは、「目に見える現象として今、実際に存在している」という事です。

「既に有る事を知っているのは身体で、身体が知っている事を脳で知る事によって、初めてそれが見えるのだ」と思います。

「身体が知っている事を脳で知らなければ、既に有るものが見えない」という事です。

現状では、私は憶測でしかその事を語る事が出来ていませんが、事実として語る日が来る事を願っています。

その為に日々は費やされております。

身体感覚に目(意識)を向けて、身体感覚が語るものを見よう(感じよう)としています。

感覚的に言えば、「右利きですが左腕も使える様に訓練しています」と言ったところです。



最近のテーマは「(身体感覚的に)好きな人は居るか?」でした。

これについてはまた「ひょっとして…」の段階なので、記事にするのはもう少し先の話でしょう。

久々に、「人を好きかも知れない」という気持ちになりました。

7年ぶりでしょうか。

そう。

スピリチュアルを学ぶ切っ掛けになった女性以来です。



「これが身体感覚的な好き、つまり非煩悩性の好きなのか?」

それを問いつつ、久しぶりのこの感覚をじっくりと味わう事にしたいと思います。

もし明確に好きだと理解したら、今度は「好きな人を引き寄せた」という事になります。

次はどうなるでしょう。

どういう身体感覚を望むでしょう。