のらりくらり、まあ~なんとかなるっしょ!って今のふわ〜〜ゆら〜り
からは想像できないくらいに、大それたことだと思い込んでいる時期があったような気がする。
今日話した子に、自分のこと、きらいなの?って聞いたら、嫌いですって言ってた。
でも好きのなり方は、教えなかった。
自分でちゃんと見つけられる方が、いいよね。
いつも存在価値を探していて、それがなければ褒められても意味ないんだって、思っていた。
認められていいものは、努力をどれだけしたかではなくて、結果を残すことで、今やっていることはもしかしたら無駄になるかもしれないって思うと、とてつもなく、怖かった。
自分が常に市場にかけられてるという感覚。
精一杯やっても空回って、自分の弱い部分や出来ないことが見つかるたびにネガティブになって、周りが羨ましいとさえ思っていた。
だけど、自分なら大丈夫なんだって、根拠のない自信だけは待ち続けていた。
20代前半の焦燥は、
振り返れば1番苦しかったはずなのに、不安定で、ギラギラしていて、感傷的で、踏んだり蹴ったりで、とても青春だったはずで。
今思えば美化も多少あるが、
十二分に、堪能していたのだと、思う。
暖かくなってピカピカのスーツ姿が電車に目立つようになった。
大学生のときに書いた絵をふと思い出した。
車内でヘッドフォンをした金髪の自分と隣に座っているスーツのOLの絵。まさに、未来予想図。笑
まさか5年越しにリアルになるとは、人生面白いものです。
働きたくない、というよりも、誰よりも好きなことをやって自由でいてやるんだからね!就活はしない!
という気合いでやり過ごしてきた。
だって、どうせいつかはいなくなるんだし。わたしもあの子もあいつもね。好き勝手に生きてやるんだから!!!って。
というよりはそれ以外を選択できないくらいにはワガママなのだと思う。
世間ではワガママっていうのは悪になるときもあるけれど、ワガママだって突き通せばスタイルになるんだよ、たぶんだけど。
傲慢じゃなければ、いいでしょう?
あれ、違うかしら。
意外にもわたしは仕事が好きなようで、これには有り難く思っている。
明日も明後日もこの先何年も生きていけるとしても、仕事は、したいんだ、そっち側だったか、いがーい。って感じ。
別に働くだけが人生だって思ってない、けど、暇なのは案外辛い。
綺麗事かもしれないけれど、誰かが喜ぶのが、嬉しい。こんなポンコツでも誰かのためになれるのか〜と思うととても機嫌良く生きていけるものなのです。意外よね。ほんと、意外。
図太くなってからは毎日楽しくて、なんだか充実している。
自分が正解だとは思わないけれど、何か言われても私はこう思ったんだよ。って堂々と胸張れるようになった。
でも、
たまーに、懐かしくなる。
貪欲で、追い求めるエネルギーを感じる時。
きっと人は足りないくらいが実はちょうどいいんじゃなないかなって。
贅沢だけどわたしには、それが
光って見えているよ。
まだまだわたしもたくさん欲しいものがあるはずなんだけどね、今の自分は結構好きなんだよね。
もう忘れたけど、ひとつづつ乗り越えてきたんだと、思う。
だから揺らがないし、というか折れられないのは短所、だけど前と比べたらあんまり怖くなくなったよ。
たまに落ち込んだりは、するけれど。
背負った覚悟の分だけ、得たものも多かったよ。
選択肢なんて何でもいい、ってようやくわかった。
選んだ先で自分のこと、ちゃんと好きでいれるか、許してあげられるか、それを他人にもできるかって、そんなことが大事だったんだね。
知らなかったよ。
お金がたくさんあれば満たされるわけじゃなくて、満たされる心がないと、だめなんだって、
知らなかったな。
人を大事にする前に自分を大事にしないと、大事な人が悲しむだなんて、
知ってるわけなかった。
それくらいにはひとでなしだった。
どんなに棘を向けて刺しても、諦めずに向き合ってくれて、本気で怒ってくれる大人がいるなんて、
思ってもみなかったよ。
20代前半は泣き切ったはず。笑
あまりに脆くて自信がなかったよ。笑
でもそれがなければと想像した時の方がよっぽど残酷だったと思う。
手の届く範囲でも、追い求める人たちの何かの足しにでもなれますよーに。
わたしもまだまだやってみるよ。
ゆるーく、ふわふわって。
買って帰ってきたケーキ、食べなきゃ!