この間は、久しぶりに、伝わる、を体験できた。
自分のことばで説明せよ。がここ数年は1番難しい。
ダイアルを合わせて話す作業は自分のことばを鈍らせていく気がして、たまに怖くなる。
抽象的や曖昧、はっきりとしない感覚でのことばのことを本当は好んでいる。
奥底でわかりあえてなくても、それを突きつけられないからなんだと、
思う。
理解されることを手放してからは会話が楽になった反面弊害も勿論ある。
仮にあったとして苦手な、
ぶつからないと分かり合えない、とかそういった類いのものは人生にひとりきりの特権、といったところでしょうか。
そのくせに感情というものが大嫌いで、気持ちをことばではっきりと表せないと塞ぎ込んでしまうから、めちゃくちゃめんどくせーやつ、なんだと、思う。
でもそんなわたしはわたしのことが好きです。
めんどくせーところが、好き!!
代わりに、がんばれないめんどくせーやつは、感情くらいに大嫌いだよ。
今年はなんか忙しかったかも。
ほとんど記憶もない。
多くのありがたい出会いがあって、
過去に切り離したものの反動、ってくらいに向かうべき先に向かうための人と出会ったと思っている。
もう選べるんだな、と思うと責任感じるよねえ。
だって今関わっている人たちはクラスメートじゃないんだもん。
仕事だって環境だって遊ぶ場所だって選べるんだから、何かあったときは誰かのせいになんて、あの頃みたいにはできないよね。
わたしは文句を言う人生なんて、まっぴらごめんなのさ。
だからきちんと全部自分で決めて後悔したいな。
たいして後悔するほど気にして生きてないけど笑
切り離される怖さも今はあんまりないんだよなぁ。
不思議、でもきちんと選ぶことができるようになったから、なのかもね。
12月は毎年人との距離感を遠ざける期間なのかも。
時間がないって貧しいよね。
でもお金がないときも、楽しめるほど賢くはないから、やるしかないんだけれど。
生きやすくもなった反面、どこかに自分自身を置き去りにしている感覚。
全部切り離して日常とか夢とか、そんなものに黄昏ていたいけど、何かしてないとね。
世知辛いです。
どうしてやりやすくなったのに鈍っていくんだろう、来年はもう少し自分の言葉を使えるように、そんな一年になるといいな。