桜ヶ丘にある鹿の剥製が壁に飾ってあるダイニングカフェは、学生の頃のお気に入りの店だった。
黒髪ぱっつんのロングヘアと真っ黒なロングスカートは"ファッション狂"とまではいかないけれど今よりは表現することに重きをおいたワードローブだった。
好きなバンドの話や彼氏の話。
今となれば聞き流しているような会話でも夢中になれていた。
店員さんもいわゆる個性的なおしゃれ、といったところで
接客がドライな感じが私にとっては居心地のいい理由の一つだったのかもしれない。
17時を過ぎると照明が落ちて薄暗い店内でキャンドルが置かれ、バータイムに変わるところも好きだった。
依然やりたいこととやらなきゃいけないこと、そしてやりたくなくてもやりたいことをするためには、といった類の
漠然と抱えていた不安や疑問はぷかぷかと宙に舞ってまた虚無と化していた。
あの頃は自分の好きなもの以外には興味を持つことは勿論できないし、
それ以外の人が何を思っているか、なんて考えたこともなかった。
今更の後悔だけれど、
この多感な時期に"堕落と焦燥"という矛盾以外のものに触れる機会を、もっと持っていたらよかったなって。
人生なんてdead or alive で、好きなことを仕事にできないこと、天職に巡り合えないことは
私の中でニアイコール死ぬことだった。
でもそんなわけもなくて、普通?と言ったら大きな言葉だけれど
そうじゃないことで生きる理由なんていくらでもあるのにねって。
いくらでもあることを蔑ろにして今まで走ってきて、
残ったのは、当たり前のことを当たり前にできるといったことを無しにしたら何も成り立たないって、やっとわかってきた気がする。
文字通りの当たり前、といったことです。
立派なことなんてきっと凡人には程遠いから、
遅刻しない、約束を守る、連絡はしっかりとする、言ったことはやる、忘れない、
そして迷惑かけても文句を言っても、感情的になったっていいから、きちんと向き合い続けること。
当時の自分と話すのであれば、
できるかできないかとかじゃなくて、
人から信じてもらえるような人になるようにって伝えてあげたいなって。
多分それが1番難しいけど。
昔から変わらず苦手なことは、
自分の気持ちを人に伝えること
そして納得しなくてもやりこなすこと。
人に合わせて意見を曲げること。
最後に
自分で、自分を
許してあげること。
憧れているあの子は、感情や本能に近く生きるためには必要な要素の部分をどうやって消化しているのだろう。
私が汲み取れていないのか、そもそも表現すらする必要がないのか、
はたまた、全てを諦めているのか。
私も早く向こうの岸辺に渡って無味の近くまで行ってなってみたい、な。
まだまだ辛いこととか苦しいことが足りてないのかしら。
でも私はそんな思いする気にはさらさらなってなんか、やらないのだけれど、ね。
かかってくるのだ、もっともっと、くらいに思っとかないとやってられないこともあったりで。
自分が必要とされると、責任を感じてしまう。
誰かを必要としたときはお礼として何かを返さなければならない、と思ってしまう。
無償の愛は相変わらず否定派、だ。
ずっと一緒にいるためには
置いて行かれないように、喰らい付く。
そして置いて行った時には、切り離す覚悟を持った上で大切にする。
だからわたしは他人に気持ちを、預けない。
心底ポジティブで楽観的なくせに、根本が暗い。
それでも根暗なところがなかったらアイデンティティがなくなるとも思っている。
そんなことすら考えなくてもいいくらい
強いあの子が、羨ましい。
より一層、雲と空の境目が曖昧になってきたんだよ。
まざって、灰色、くらいの。
わたあめみたいになってふわふわ浮かんでようかしら。
だってそもそもこんなの、とるにたらないくらい短いの、だしね。
わたしたちは今日も共通したものだと勘違いをしてことばを使って過ごしていく。
直接本人に言えばいいのに、そうではなく、特定の誰かを描いているのに伝えないといったことだとか。
同じ日本語なのに、同じ日本人なのに、
もっというと同じ人なのに全然違うことを受け入れていくことに励んで過ごしていく。
同じであたりたいと思いながらも、そんなことが難しいとどこかで諦めも抱えながら、
なんだかんだくる明日に備えて今日を過ごすことになるんだと、思う。