美しい花園を作ったり、作物が良く育つ畑を作るには、愛が必要です。

 

愛を奪われたら、土地は荒涼としたまま、何をしようにも、永遠に耕し続けるしかありません。その人自身の生命力と努力でそれなりに作物もできるでしょうし何かの花も咲くでしょう。でも本人がそれでよしとできなかったり、咲いてきたその花で満足できなかったり、それを活かせなかったりすると、苦しまざるを得ません。

 

子供の頃に人として受けるべきであった安定した愛を得られずに育った人にとって、そのことはもともと愛で肥沃な土地を持たないということ。その人の人生にとって、その苦しみは想像を絶するものになるのではないでしょうか。

 

渡邉和子さんの書かれたものに『置かれた場所で咲きなさい』という本があるけれど(読んではいないのですが)、この言葉はすでにある程度成長した大人のための言葉でしょう。特別養子縁組のために、すでに里親に預けられた幼児に対して、実親のもとを「置かれた場所」として固定し、その"親権"を根拠に引き戻させるものでは決してないと思います。