昨夜の"RE_PRAY"は皆さんが感じたように衝撃的だった。

特に前半、「般若心経」の読経が流れてきた時は、驚いて

お茶の間シアターのソファーから転げ落ちそうになった。

怖いくらい美しい総ブラックの出で立ちで演じるのは、

椎名林檎の『鳥と蛇と豚』、風変わりというか、エキセントリックな曲である。

自分は全く知らなかったが---。

※貝塚カメラマン撮影

 

曲名は仏教「三毒」の象徴で、

鶏は「欲・貪り(むさぼり)」、蛇は「怒り・憎悪」、

豚は「疑い・無知」を表しているそうだ。

いわゆる「煩悩」である。

チベット仏教「六道輪廻図」の中で、モチーフは図の中心部に描かれ、鶏、蛇、豚はそれぞれが尾を嚙み合っている。

人間というのはこのように三つの煩悩をグルグルと繰り返し、生きている限りその苦しみからは逃れることなできないとされている。

※小海途神撮影、もはや人外の存在である。

 

羽生選手はリンク外にせり出した小舞台で、『レゾン』に似た振り付けで、苦悶とも虚無とも見える表情をみせたが、

それは避けられない「煩悩」と闘う姿を現しているような気がした。

 

※時事通信さんの写真、良いお仕事でした。

どこかで見たことがある表情だと思ったら、それは

『マスカレイド』、仮面に隠れた「闇」を演じたときと似ていた。

※最後に手袋を叩きつけた後に見せた、真っ暗で空っぽな

闇の世界。

 

僧侶の唱える『般若心経』は、「煩悩を捨て、(真理という)無我の境地に到達せよ」と説いているような気がする。

しかし、凡人は圧倒的な三毒に打ち消され、流されて惰性で生きてしまう。

それでも、言わんとするところは、少々カッコ悪くても、惨めでも、這いつくばってでも、「とにかく生きろ!」ということなのだろう。

人生はただ一度きり、ゲームのようにRE_PRAYすることはできないのだから。

何だか井上陽水の『人生が二度あれば』という古い歌を思い出してしまった。

羽生選手の鬼気迫る演技は、タイムマシンの起動装置のように、人々の深層心理の扉をこじ開け、迷宮へといざなう。

 

6分間練習から入る斬新な新プロ『破滅への使者』は、

ff9の闘いの曲だ。

真っ赤で派手な衣装は、ラスボスである「クジャ」のイメージなのだろう。

明るくて誰にでも愛される主人公の「ジタン」とは対照的に、「クジャ」はナルシストで、サディスティックで、自分の恨みから世界を破滅させようとする悪役だ。

最終的に、闇落ちした「クジャ」がどうやって救われるのか、それは人間に残された最後の希望でもある。

 

『鳥と蛇と豚』もそうだが、羽生選手も渋いヒールの雰囲気が似合うようになったようで感慨深い。

齢(よわい)を重ねることは、悪いことばかりではない。

GUCCIのノーブルな衣装も、AERAのマグマ衣装も、すべてはスケートの糧とする貪欲さと才能に唸る。

それは多分、真剣に「煩悩」と向き合い、闘いながらも苦しみ続けてきた羽生選手に対する、神様や仏さまからのご褒美

なのだろう。

ほんの一握りの天才にしか与えられないGIFTともいえる。

 

"RE_PRAY"はとにかく見どころ満載なので、今回は強く印象に残った2プロについて感想を述べた。

人生というゲームをCLEARするときは自分が死ぬとき、

「命を大切にするのも、粗末にするのも、自由なんだよ!」

と、羽生選手から命題を突き付けられた気がした。